築地場外市場〜Stay Hungry. Stay Foolish.

東京の築地場外市場で永年営業する石井折箱店の社長Blogです。混迷の続くこの時代だからこそ「明日をあきらめない」をモットーに日本橋魚河岸時代より100年続く家業のルネッサンスを目指して、日々精進を重ねる毎日を綴ったブログです。

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脳と心の整理術〜忘れるだけでうまくいく

5月のGWも終わり、子供も幼稚園に慣れはじめ、ちょっとひと段落というとろでしょうか。

築地的には来月の波除神社の大祭がありまして、今年は本祭りですから皆さん準備にいそしんでいます。私は会社の決算が5月末なので、もう何年も前に事務員がいなくなった事もあり、お手伝いは全てご遠慮していますが、おはやしが聞こえる時分にあると心がうきうきするのは、江戸っ子の性分でしょう。

最近立て続けにいろんなことがありまして、ちょっとお疲れ気味なのですが、そこは気分を切り替えて新しいことに挑戦するに限ります。そんな思いをしていましたら、こんな本に出会いました。

脳と心の整理術脳と心の整理術
(2012/02/16)
茂木 健一郎

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脳学者として有名な著者が、「心の問題イコール脳+身体の問題」としていろいろ説明してくれます。

ネガティブな経験を忘れ得るにはポジティブな回路を作り出すしかないそうで。。。

東日本大震災のような大きな災害にあった時に、どう乗り越えたりょいのか、心を解きほぐすにはどうすればよいか、いろいろ方法を教えてくれます。

いろんあ雑念でゴチャゴチャした頭を整理する方法や、脳を整理する方法もいろいろあるようです。

私にとってはこうしてブログを更新することが一番のストレス解消法だったんですね!

良い本に出会えて、また一つ勉強になったような気がしたのでした。



05/12のツイートまとめ

kuni141

猫っかぶりの「Win-Win」が見落としがちなこと http://t.co/bs5X4vOh
05-12 09:23

朝鮮半島201Z年

今日は土曜日。築地場外市場はお天気にも恵まれ大いに賑わっています。

特に目に付くのは外国人のお客様。うちの隣に有名な包丁屋さん「築地正本」さんがあるからかもしれませんが、本当に外国人が多いです。

うちは折屋でして、お客様は業務用のプロばかり。その良さを少しでも広めたいと、杉やヒノキの製品で一般の方にも手軽にお買い求めいただける品々を近年は取り揃えております。

おかげさまで外国のお客様が本当に増えてまいりまして、もっとお客様が増えていただきたいというのが本音です。それにはまず勉強ということで、いろんな本を読んで外国の事情を調べるのも、まあお仕事のうちでしょうか。

そこでこんな本を読んでみました。

朝鮮半島201Z年朝鮮半島201Z年
(2010/11/30)
鈴置 高史

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お隣の韓国のお話ですが、これが結構面白いんです。日本人にはわからない、韓国の方の本音というか、考え方がよくわかります。

イデオロギーの時代から地政学の時代へ、という著者のご意見はなるほどと思いますし、今後の世界情勢?を読み解くためにも大いに参考になります。

築地の折屋が世界情勢?なんていうと笑われてしまいますが、そこはまあ、それくらい真剣に外国の事情に興味を持っているということで、お許しくださいませ。

おやつ弁当

うちの子供も幼稚園に通いだして早ひと月が立ちました。

早いものですね!

今日から「おやつ弁当」なるものが始まりまして、なんだそりゃ?と家内に聞いたのです。

おやつぐらいの量のお弁当で、ミニおにぎり3個​ぐらい。おかずはなし。要するに一般的なお弁当が始まる前の、トレーニングのようなものらしいです。

うーむ、僕がウン十年前に通っていた幼稚園なのですが、確か当時はそんなものなかったと思います。弟や妹も通ったのですが、その時もそんなのなかったですよ。。。時代が変わったんですね。

昨日も、お休みだというのに諸処仕事がありまして、子供と遊んであげられませんでした。代わりに夕方皆で車で外出したのですが、その時も車内で幼稚園の先生に教わったという手遊びの歌を歌っていました。

それも聞いたことない初めて聞く歌でした(^^;

家内の話によると、お母さん方も昔から住んでいる方は殆どいなくて、最近都心に引っ越してきたいわゆる新住民の方が殆どだそうです。

私自身は昔からここに住んでいるわけですが、家内は東京以外からお嫁に来たいわゆる新住民(^^;;

結構話があうのか、お友達のお母さん方とも仲良くさせていただいているようで、却って良かったかも知れません。

新住民の家内と新人類の子供に挟まれて、はてさて、旧住民としてオヤジとして、私の威厳はどうやって維持していくべきなのか。。。これが最大の問題かもしれません(^^;;





ムンクの「叫び」

今朝の注目コラムはこちらです。

ムンクの「叫び」高額落札、金融緩和の象徴に

「近代(モダン)の不安と恐怖を視覚的に具現化した作品」(ササビーズ)が96億円で落札された、という記事です。

これとポストモダンともいうべき、「非伝統的な金融政策」による金融緩和が、異例の高額落札につながったのではないかと解説しているんですね。

私のような素人にはよくわからないので、頭の整理をしますと。。。

現在、日銀も含めて世界中の中央銀行が一生懸命お札を刷って金融緩和している状況で、欧州を中心に緊縮財政をして財政再建により国債の価値を維持しようとしているわけで。。。

それでも現実社会では米国の雇用統計が悪化したり、フランスの政権交代やギリシャの政情不安の影響で、緊縮財政路線による財政再建がままならぬとすると。。。経済が悪化すれば確実に税収も落ちるわけで。。。

日本でも政府の消費税増税のご方針も、このデフレ下・大不況下でそんなことしたら、経済が大変なことになってしまうという反対論が多い中、本当に実行できるのか?不安が一杯なわけで。。。

まさに、ムンクの「叫び」はいろんな意味でこの今の時代を象徴している様な気がしました。

ちなみに、私の子供の「叫び」は、元気一杯、今日も幼稚園に響き渡っております。

答えになってない

皆様GWはいかがお過ごしでしたでしょう。

私は家族で2泊3日の小旅行でした。出先ではスパに入ったり公園を散歩したり、デパートやショッピングモールに立ち寄って、気分転換したり、ゆっくりお部屋で過ごしたり。。。のんびり過ごすことができました。

それにしても子供の成長は早いものです。こんな服がいいとかバックがいいとか、もうすっかり大人じみてきました。

まさに光陰矢のごとし。。。自分は全く変わらぬつもりなのですが、時間の経つのは早いものですね。

日経新聞
エイサーに見る「工場持たざる経営」の落とし穴

10年以上前の経営手法「アセットライト」を今頃になって日本の電機メーカーが真似しようとしています。確かに10年前には成功したけれども、今はわかりませんよ、ということですね。

当時とは世界の情勢が違うし、そもそも、これは「パソコン」というコモディティ化した商品をいかに安く作るか?というのが当時は最大のテーマだった時代に有効だった戦術であって。。。

今のようにスマホやクラウドが時代の主戦場になってしまうと、「パソコンの生産」といったビジネスそのものが「過去の遺物」になりかねないわけで。。。

そんな時代に「アセットライト戦術」してどうするの?という記事です。

日本企業が陥りやすい、戦略の欠如ですねえ。「戦略」と「戦術」の取り違えです。

ちなみに旧日本陸軍の作戦要務令によれば、「戦略」を目に見えないもの、「戦術」を目に見えるもの、と定義しています。

そもそも「それで、おたくはこれからどんな商品・サービスを提供するの?」という「戦略」を顧客に問われているのに、「わが社は工場を持たずに身軽になります」という「戦術」を答えても答えになっていない。。。

時代の変化イコール子供の成長に、自分自身が成長してついていかないとね。。。。

「パパ、今はそんな時代じゃないんだよ!」といつか子供に言われてしまうかもしれません(^^;;






それは僕が楽しかったから〜築地魚河岸HP誕生秘話その九

さて、HPが成功し、活動も大規模になるにつれて、私の精神的なストレスも日々増大していました。

日々の本来業務がありながら、HPの活動もし、その上商店街の役員もし、町内会の役員もし、地区委員会のお手伝いもし、やれお祭りだ、イベントだ、お葬式だと、もう1週間に2つも3つも「ボランティアのお手伝い」をこなしていたのです。

老齢の父に代わり銀行さんとの交渉もし、社内でトラブルがあったので、その裁判も抱え、まあ、当時の多忙さは一言では言えません。

ジェダイの皆さんは一生懸命HPを盛り上げてくださいましたから、そのご苦労に報いたいと思っていたのですが、一般的な町の皆さんの反応は「ふーん、なんか一生懸命やってるね。ご苦労さん」という程度でした。

その時、日経新聞の記事で「97日経インターネットアワード募集」の記事を見たのです。

これはいい、と僕は思いました。私の独断で皆には黙って応募しましたが、折角内部で盛り上がっているのに、もしも皆と相談して応募し落選した場合、Nさんはじめ皆さんががっかりするのは当然でしょう。

その場合は僕が黙っていればいいことです。

もし選ばれれば、それはそれで町の皆様にHPの活動を認めていただけると思ったのです。

幸いなことに、日経インターネットアワードに選ばれることができ、T君と二人で富山の授賞式に出席できました。

お手伝いしていただいた皆様にご恩返しもでき、ジェダイの皆様にもご満足頂き、町の皆さんにも認めていただき、本当に良かった、これで苦労が報われた、とほっとしたものです。

私自身も、プロシュマー(生産消費者)として、当時欲しかったHPのサービスを実現していただけたので、大満足でした。折箱の通販は考えていませんでしたが、独自にネットのサービスを事業として立ち上げたいといろいろ考え始めていました。

しかし、この年平成9年は現実社会ではバブル崩壊以降の不景気が深刻化し金融危機が起きてしまったのです。

11月3日、三洋証券が破たんし、11月15日には北海道拓殖銀行も破たん、11月24日ついにあの山一證券まで破たんした戦後最大級の金融危機が襲ってきたのです。




当時の金融危機の影響は大きく、当店の売り上げは毎日減少し、銀行さんの態度も急変し、会社の資金繰りも大変な状況で、ボランティアの非営利文化活動のお手伝いまで、私自身が手が回らなくなっていたのでした。

精神的にも肉体的にも、私の限界を超えてしまったのです。

3人はしっかりした皆さんでしたし、日経の賞をいただいたことで町の皆さんにも築地魚河岸HPの価値を認めていただけて、多くの皆様のご協力もいただける。。。

これでこのプロジェクトで、もう僕の役割は済んだのです。

肩の荷を下ろしたい。もうクタクタでした。

やるべきことをやり、皆様のご協力で大きな成果をだし、後進に譲って僕自身は消えていく。。。いつまでも我が物顔でのさばっていると、世の中ろくなことはありません。

春夏秋冬・四季折々、季節が変わるように人の世も変わります。春には種まきをし、夏の暑い日ざしで作物は成長し、秋には大きな実りの収穫があり、そして冬にはまた次の春を目指してゆっくり休息する。。。それが自然です。

春にまいた種が秋にはどんな実を付けるのか見てみたいのは人情ですが、それは贅沢というものです。

それから15年、築地魚河岸HPは皆様のご理解ご協力を得て、今でも立派に活動しているのです。

フォースと共にあらんことを!













それが僕には楽しかったから〜築地魚河岸HP誕生秘話その八

折角の半値市も雨模様です。。残念、イベントってこれがあるから大変なのです。でもこんな日にお越しいただいたお客様にはきっと良いことがります、ぜひ築地場外市場へお越しくださいませ。

権力者の命令や恫喝がなくても、大金を山積みしなくても、企画が良ければ人々ボランティアでも楽しく働ける。。。というのは僕にとって大発見でした。

むしろ、大規模な伽藍方式では、強大な帝国軍のダース・ベイダーがどんなに命令しようと、時代環境の変化のスピードについていけず、失敗してプロジェクト自体が崩壊してしまう、という現実。

そして大金をつぎ込んだにも拘らずビジネスに失敗してしまい、高給で雇われた多くのジェダイ達が責任を取らされて消えていったのです。

その点、築地魚河岸HPは有志のボランティア活動でしたので、ネット通販とかリスクのあることは一切やらずに、多少の失敗はあったにせよ致命傷とはならず、今日まで存続できたのでしょう。

これは僕にとってとても大きな発見でした。その後の商店街活動にに大きな影響を与えてくれました。役員さんがリスクをとって直接ビジネスに手を出さないことが、商店街成功の秘訣なんだと。

リスクをとってビジネスをするのは個々のお店がすること。ボランティアでお手伝いしているだけの商店街の理事さんはとてもじゃないがそこまでのリスクは取れないのです。

当時の築地場外市場商店街はお金がなくて、パソコン1台買えない状態でした。事務局もなく、PC使える役員さんもいないのだから当然。。

Nさんに「HPに掲載する商品の写真を撮りたいからデジカメが欲しい」と頼まれて、数万円の予算をもらいに理事会に諮ったのですが、なかなか理事の皆様にご理解いただけない。

ある役員さんに「家に使っていない古いカメラがあるから、それを使ったらどうだ?」とご提案される始末でした。

ふう。

デジカメといってもご理解いただけない。これは仕方がないことで、理事会の諸先輩方は僕より年齢が一回りも二回りも上。そもそも縦書きの文化ですから、パソコンは横書きの文化の世界、欧米人のようにタイプライターで文章を書く、という文化や習慣がないんですね。

1996〜1997年のあの時代、プロの著述業でもない限り、普通の日本人はタイプライターなんか使っていない時代でした。

でも、私の世代は高校生の時にインベーダーゲームやブロック崩しといったビデオゲームにはまった世代ですから、デジタルものに強い。

フリ−ウェアの思想だの、マクルーハンのメディア論だのお話しても、諸先輩には全然わかっていただけない。

これが「バザール方式」の限界で、諸先輩に「日本語で」ご説明するとき、僕自身、ものすごいストレスになってしまった。たぶん諸先輩も同様で、こいつ何をやらかそうとしているんだ?と変な目で見られていたのでしょう。

数年後、ある先輩に「あの時石井さんたちが一生懸命やっていたことの意味がやっと分かったよ」とおっしゃってくださいましたが、まあ、相互の理解が図れなければ「バザール方式」はとん挫する、ということでしょう。

その人々の育った世代の価値観というのはなかなか越えられないもので、同じような文化や教養、知識を身に着けた人々同士でないと、バザール方式は機能しないのです。

権力者の命令による大規模な伽藍方式では、時代の変化についていけず、相互理解の原理を生かした小規模のバザール方式にも限界がある。。。

もう15年も前のインターネット創成期のお話ですが、当時は環境変化が激しくて誰にも先が読めない時代。。。何をするにせよ、とても難しかったのです。


それが僕には楽しかったから〜築地魚河岸HP誕生秘話その七

インターネットやホームページがこの世に現れ世間にその存在が認知され始めた1996年頃、HPによる情報発信に取り組み始めたのは、勿論、大手企業も同様でした。

当然のように、そのマネジメントシステムは伽藍方式です。最新の技術やノウハウを駆使し、フォースを操るジェダイ達を高給で雇って、大企業の持つ圧倒的な資金力で当時の最先端のHPを開発していました。

いわば帝国軍。




ところがインターネットの技術の進歩や環境の変化は、とても早いのです。俗に「ドッグイヤー」と言われるようにネット界の1年が世間の7年分のスピードで過ぎていくのです。大企業が大資本を投下した1996年当時の最新のシステムも、あっという間に陳腐化し、折角の投資を回収することもできず、この「伽藍方式」は時代の変化のスピードについていけず、淘汰されていくのでした。

こうゆう先の読めない変化の激しい時代は、ジェダイの騎士達が持つ「フォースによる予知力」だけが頼りでした。それには「オープン・ソース」を前提に自由の騎士ジェダイの主体的な活動、「バザール方式」こそ、機動的なプロジェクト開発が可能だったのです。

当時、バザール方式でネットの時代を切り開いた人達は他にもいます。例えばオンライショップマスターズクラブの皆様が成功例でしょう。

私は折屋としてネット通販には興味がなかったので、加入こそしませんでしたが、彼らの活動は常に注目していました。

これも「権力による上からの命令」ではなく、「商店主自身の自発的な活動」でした。

「よいソフトはすべて、開発者の個人的な悩み解決から始まる。」(伽藍とバザール)

そしてオープンソースがすべて成功するかというとそうでもないのです。勿論、失敗も多い。

「人間は仕事をするとき、それが最適な挑戦ゾーンになっていると、いちばん嬉しい。簡単すぎて退屈でもいけないし、達成不可能なほどむずかしくてもダメだ。シヤワセなプログラマは、使いこなされていないこともなく、どうしようもない目標や、ストレスだらけのプロセスの摩擦でげんなりしていない。楽しみが能率をあげる。」(伽藍とバザール)

とても楽しくて幸せな時間を過ごせることが、人間にとってとても大事なのだ、と僕に教えてくれたのが築地魚河岸HPだったのでした。

フォースと共にあらんことを!




それが僕には楽しかったから〜築地魚河岸HP誕生秘話その六

Nさんを中心とする3人はとても優秀な人たちでした。

Tさんは企画やプログラム、Iさんはセンスの良いデザイナー、Nさんは人間性に優れ皆を統率するリーダーでした。

僕はプログラムもデザインも素人で、一応渉外でリンク集が担当だったけれど、実際のネットの利用者としては一番経験が長くて、「今この築地で、HPでどんな企画やサービスをするとカッコいいか」よく分かっていました。

いわば、アルビン・トフラーの言う「プロシューマー」生産消費者でした。

自分自身がネットユーザーとしてほしいと思うサービスを、彼らにお願いして次々と実現していったのです。何でそんなに詳しいの?とプロのIさんが呆れるほどでした。。。

一般的にはオタクと思われていたようですが。。実際は折屋の経営を良くしたいとこの分野を勉強し、PCに真剣に取り組んでいただけです。

築地のてんぷら職人にお願いして、HPをご覧の皆様にお客様のご自宅に伺い天ぷらの作り方を教えます!みたいな突拍子もない企画を考えるのが大好きでした。

波除神社にお願いして、ご許可を頂き、HPにアクセスした方向けにオンラインおみくじを作ったこともあります。

パソコン通信で昭和の頃から電子メールを使っていましたし、平成2年にISDNを自宅に引いていたくらいでしたから、並み居る「ジェダイの騎士」の皆様の中にいても、それほど違和感無く「フォース」を使いこなしていたのです。

当時、築地魚河岸HPに集まったジェダイ達は、私のような素人でさえそうでしたから、皆さんそれなりの「魔術師」ばかりだったのです。

商売にするつもりがまるで無かったのが、楽しく遊べてよかったのかもしれません。これをビジネスにしようなんて、当時のダイヤルアップ回線中心の貧弱な通信環境では、思いもよらなかったですし、15年経った今でも折箱のネット通販事業なんて考えてもいません。

うちの商売の利益率では、そもそもネット通販なんて採算が取れないのです。プロですから採算の取れない事業はやりません。

フォースと共にあらんことを!

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